旅先でホッとするおかあさんの味。インドの豆スープ「ダール」との出合い

「ワルリ族」という民族の存在を知ったのは、インドでのプロジェクトに数年関わっていた友人から話を聞いたのがきっかけでした。インド帰りの彼女はいつもスパイスの香りを漂わせていました。

彼女が足しげく通っていたというインドの小さな村は、ジャングルと家畜からの恵みを使い、家の修復なども自分たちで行うまさに循環型社会。その村に住んでいたのが少数先住民族であるワルリ族の人たちでした。彼らは自然と共に生きる在り方、万物に神が宿っており、その恵みで生かされているという感謝の心、独自の文化に対する尊厳を、現代においても未だしっかり持っているといいます。

友達の話には、部族の文化に誇りを持っている20代のワルリ族兄弟がよく出てきました。彼らはバスや電車を乗り継いで片道4時間かけて大学に通い、都会でも十分働ける力を身につけたにもかかわらず、「ワルリ画家」として生きているとのことでした。ワルリ画とは、自然界の神様や命の循環をシンプルな白い線や点や丸、三角、四角のみで壁や布に描いていく大変根気のいる細密画のことです。

「そんな彼らに会ってみたい! 彼らの住むその村に行ってみたい!!」と思うのは自然なことでした。個人では辿り着かないだろうその村にて、友達の参加していたプロジェクトの一環で、「小学校の壁に絵を描く芸術祭のボランティアを募集している」という話を聞き、思いきって参加することに。そこで、「ダール」という、現地のおかあさんがつくる料理との出合いが待っていました。

旅行では体験できない村での暮らし

ワルリ族の村は、インドの西側マハラシュトラ州ターネー県にあります。ムンバイ空港でスタッフと待ち合わせし、スタッフの車で村に着いたのは朝の4時くらいでしょうか。ボランティアスタッフは10名程度。暗すぎて何も見えない中、懐中電灯の光を頼りに家まで着き、寝る部屋に案内され片隅でごそごそと寝袋を出し横になりました。

朝、目を覚まして部屋を出ると、玄関ホールらしきところにベッドが2台。そのベッドはおじいちゃんとおばあちゃんのものでした。私たちは彼らの部屋に寝泊まりさせてもらっていたのです。もし自分の家に他の国の人達が来たとき、そのようなことができるでしょうか? 

そんなことを思いながら薄暗い早朝の土間に出ると、涼しげな気持ちの良い空間が広がっていました。足の裏に感じるひんやりとした、でも冷たすぎない質感の、「ゴーバル」と呼ばれる牛糞を何層にも塗った床。においは全くせず清潔で快適でした。

少し段差のあるところに石を置いた竈が数個あって、料理隊長だった友達が薪で火を熾していました。端にはスパイスを潰すための大きな石臼があり、天井から下がっているカゴにはヒヨコたちが寝ています。

入口近くには大きな甕が置いてあり、朝一番に家の奥さんが井戸からの水を満タンに張ってくれました。井戸水は、用意されたペットボトルの水よりも澄んでいてきれい。何回か口にしてみましたが、お腹は壊しませんでした。外には雨水を溜める甕があり中庭のような雰囲気。向かいにはすぐ隣の家が見えます。

その家はワルリ画家さん一族のものであり、通常の旅行では滞在できないところ。このプロジェクトだからこそ泊まれた貴重な民泊の形でした。

朝ごはんは、完熟バナナとチャイ、昨夜の残りのカレーなど。持ってきた木のお皿や器に各自取り分けて、ゴーバルの土間に円になって座って手でいただきます。水が貴重な場所なので、パンやチャパティなどで食べ残りを拭いながら食べるのがコツと教わりました。

食器の汚れはバナナの皮など使って取り除きバケツに空け、入口にある水の張られた3つのボウルで洗います。最初に、一番汚れている水のボウルに食器を漬けて洗い、次に2番目のボウルで汚水を洗い流し、3番目のボウルの水を汲んで外で流してゆきます。

朝たっぷり甕に張られた水は、日本人スタッフ、ボランティア20名程と、ご家族が使うと夜には底に僅かとなっていました。毎朝奥さんが欠かさず水をたっぷり張ってくれることが、ありがたく染みます。1週間程の短い滞在期間の中で、ワルリ画の制作補助のほか、この快適な土間で料理の手伝いなどをして過ごしました。ワルリ画家兄弟とも会うことができ、「ミエの親友は君か?」とすぐに意気投合し、一緒にワルリ画を描くことができました。

初めての現地料理はおふくろの味「ダール」

小学校での芸術祭の前に、学校の先生や協力してくださった方などを呼んで、その土間で前夜祭を行うことになりました。

『ダール』という日本でいうとお味噌汁のようなスープを作ったから取りに来なさい」とワルリ画家兄弟のお母さんから連絡があり、友達が車に乗せてもらってスープを取りに行きました。膝の上に鍋を抱えての帰路、舗装されていない道で友達はダールまみれに。

葉っぱのお皿にもられた料理、大きな鍋に入ったカレーやダール、たっぷりのターメリックライス。わいわいがやがやと前夜祭が始まります。それまで私は、インド料理といえば汁の多いスパイスカレーとナン、というくらいしか知りませんでした。プロジェクトでもボランティアのご飯は日本人の料理担当の子が作ってくれたもの。この前夜祭で食べたダールが、初めての現地の家庭料理だったのです。

刺激の強いスパイスのイメージをくつがえすようなダールは、カレーというより豆スープ。各家庭で味も違い、日常的に飲まれているそうです。全体的にマイルドな味でスパイスが絶妙にバランスよく配合されているように感じました。

日本人は辛いものが苦手だろうと、青唐辛子を控えめにして、ムングダールというお腹にしっかりたまる豆をメインにしてくれたのだそう。インド料理は他にも華やかな野菜のスパイス炒めや揚げ物、さまざまな種類のカレーがあるのに 前夜祭にホッとするダールを選んで作ってくれたお母さんらしい温かな心にも満たされました。

日常のご飯が一番のごちそう

絵を描くお手伝いに行ったはずが、土地の暮らしと食べ物に魅了されてしまった私。自然のリズムでの暮らし方をインドの小さな村で目の当たりにして、人としての心の余裕と豊かさに感銘をたくさん受けました。

そして私は、その時までの自分の暮らし方、生活のリズムに疑問を持ちはじめ、働きづめだった日々を変えました。インドに行った約一年後に、日本の田舎、紀伊半島の南、熊野に引っ越しをしました。たった一週間で「インドに行くと人生が変わる」という王道すぎる話です。

旅先では慣れないことばかりで知らないうちに身体も心も緊張しています。どこの国でもお母さんの思いやりという味が体と心を緩ませてくれるのだなと、人生ではじめて体感した旅でした。他にもたくさんおいしいものはあったのに、味噌汁を口にしたときのような、あのホッと一息つけるダールだけが記憶にしっかり刻まれました。どんなにおいしいレストランの料理よりも、家庭で作られるごはんに勝るものはないーー。これまでご飯をつくり続けてくれた母への感謝にも繋がりました。

ダールのレシピはこちら

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