デンマークでのシンプルな暮らしのお供に「デニッシュペストリー」を

夫婦揃って、デンマークへ引越しすることになったのは2019年。それまでにデンマークを訪れたことはなく、頼れる知り合いもおらず、すべてがゼロからのスタートでした。

私たちが住むことになったのは首都のコペンハーゲン。夫婦で市内を歩き回ると、中世の北欧の雰囲気を漂わせる古い街並みとモダンな建物が混ざりあい、運河が流れる落ち着いた風景にたちまち目を奪われました。右も左も知らないことばかりだけれど、「北欧のパリ」とも呼ばれる魅力的な街でスタートする新しい生活に期待で胸を膨らませていました。

住宅難のコペンハーゲンで家探し

コペンハーゲンにきて一番大変だったのは、なんといっても「家探し」です。私たちが到着した時期は、コペンハーゲンで勉強をはじめる学生や、他国から夏の間だけ働きにくる人たちで溢れていました。

みんなが家探しをすることになるので、その分倍率も高くなります。家主に連絡をとっても返事が返ってこなかったり、ようやく連絡がとれて内覧にいくと写真のイメージとは違っていたり、家賃がものすごく高かったり……。思っていた以上に厳しい状況に夫婦で頭を抱えてしまいました。毎日ネットで賃貸をチェックしてメール、電話の日々。

ある日、いつものように貸しに出されていた家を見学に行くことに。地図を頼りに目的の家を目指すと、その家は歴史を感じさせる古い一軒家がいくつも並ぶ住宅街に位置していました。趣のあるエリアに、私も夫も感激し、思わず立ち止まって家のデザインや庭を眺めてしまいます。

貸しに出されていたのは、他の家族が住む一軒家の上の階を間借りするという条件でした。この家の下の階に住んでいたのはデンマーク人のミケルさん一家。奥さんと子供3人の家族5人で暮らしていました。彼らが住む築170年という家と、歴史ある地区にひとめぼれしてしまった私たち夫婦は、この家に住みはじめることになりました。

おやつにデニッシュペストリーを

台所やお風呂などはそれぞれの階に備え付けられていたため、ミケルさん一家とは共用の玄関でたまに会えば挨拶を交わす程度。それでもシンプルで飾らない彼らの暮らしはデンマークでの生活のヒントを私たちに与えてくれました。

ある日、家の庭に出るとミケルさんの子どもが手においしそうなおやつをもっていました。「スーパーで買ってもらったの」と嬉しそう。デンマークのスーパーにはバラ売りのパンコーナがあります。

普通のパンなどに混ざって売っている日本でもおなじみのデニッシュペストリーは、生地にバターを何層にも折り込みながらつくられたパイ風のお菓子。チョコレートやジャム、カスタードが詰められていたり、螺旋状にまかれていたり、形もさまざまです。

物価が高いデンマークですが、スーパーに売っているデニッシュペストリーはお手頃価格で、ちょっとしたおやつにぴったり。私たちだけでなく、みんな気軽に買うことができるので、夕方にいくとほとんどの種類がなくなってしまいます。

私たちも早速スーパーに足を運ぶと、おいしそうなデニッシュペストリーを選び、パクリ。パリパリの生地がやみつきになる甘いおやつです。スーパーごとに甘さや生地の食感が微妙に違うので、いろいろ試してみるのもちょっとした楽しみに。たちまち夫婦でデニッシュペストリーの虜になりました。

ミケルさん一家から教わるシンプルな暮らし

私たちがはじめてミケルさん一家と会った日には、大きなバックパックが無造作にリビングの床に置かれていました。話を聞くと、子どもたちを連れて森へキャンプに行っていたといいます。彼らは自然の中で過ごしながら楽しむ時間をとても大切にしているようでした。

コペンハーゲン市内にはいくつかの公園があります。晴れた日にはたくさんの人が芝生に転がって本を読んだり、昼寝をしたり、おしゃべりをしたり、それぞれの時間をゆったりと過ごすのです。私たちも芝生の上でのんびりと、自分たちで持参したお茶やコーヒーを飲みながら、スーパーで買ったデニッシュペストリーをほおばりました。

ミケルさん一家に習って緑あふれる公園で過ごす時間を味わうと、たちまちデンマークの自然の魅力に取りつかれてしまいました。スーパーのお手頃なデニッシュペストリーは、自然の中でひとやすみ中のおやつにもぴったりでした。

デンマークに引っ越すまでは、夫婦で出かけるときや、友だちと会うときにはカフェやレストランを選ぶことが多かった私たち。気軽に外食がしにくいというのがデンマークでの少しマイナスな点でした。

ある週末のこと、ミケルさん一家と近所の人たちが、道路の真ん中にテーブルを置いて食事をしていました。それぞれが持ち寄ったと思われる食べ物や飲み物をテーブルに並べてにぎやかに談笑していたのです。車も通る道だと言うのに全く気にした素振りがありません。これには夫婦でびっくり。

週末だけでなく、毎晩家族そろってゆったり食事をしていたり、家にあるギターやピアノを弾いていたり、近所の子どもたちがお互いの家を行き来し自由に遊んでいたり、のんびりとした空気が流れていました。

そんな彼らを見ていたら、わざわざ特別な場所に行かなくとも、毎日の暮らしを十分に楽しめるんだなと気づかされました。

飾らない生活にこそ幸せな時間がある

デンマークに住みはじめるにあたり、大変だったのはいろいろな手続きでした。日本とは違いスムーズにいかないことも多く、投げ出したくなってしまうほど。うまくいかないストレスから夫婦でケンカしてしまうことも多くなってきて、一緒に出かける機会も減っていました。デンマークに引っ越してきて本当に良かったのかな?と考えてしまうことも。

そんなある日、玄関でたまたま会ったミケルさんに「今日は何をしていたの?」と聞くと、森に行ってきたとのこと。後日、私たち夫婦もミケルさんがおすすめしてくれた、その場所に行ってみることにしました。

電車に乗る前にスーパーによって久しぶりに夫婦2人でデニッシュペストリーを選びます。お互いに子どものようにわくわくしながら選んでいると、なんだかおかしくて笑えてきました。ケンカばかりしていたはずなのに、この日はいつもよりも会話を弾ませながら電車に乗り込みました。

ミケルさんが教えてくれた森につくと、地図を開くこともなく、自由気ままに行きたい道を選び歩きます。途中で馬や羊、かわいいリスにまで出会い、夫婦で大喜び。

木々が生い茂った森をどんどん進んでいくと、視界がひらけて大きな湖が広がっていました。湖の色の美しさに、思わず目が釘付けになってしまうほど。「ここでひと休みしよう」。そう言いながら夫は水筒を取り出して、温かいお茶を入れてくれました。

周りを見渡すと、私たちだけでなく、テントを張っているカップル、家族揃ってバーベキューをしている人たちや、並んで丸太の上に座り、マシュマロを焼いている親子、カヌーに乗っている人たちもいました。とても静かで落ち着いた湖畔は、焚き火のいい匂いがしていて、ホッとした気分になります。

お腹をすかせ、デニッシュペストリーにかじりつく夫。それをみたら私もお腹が空いてきて、自分のデニッシュペストリーを手に取ります。

この日私がスーパーで買ったデニッシュペストリーは、鮮やかな赤色のラズベリージャムが入っていてはじめてみつけた種類。かじりつくと、パリパリの生地と一緒に甘酸っぱいジャムの味が口の中に広がりました。

湖畔沿いに座り、お茶を飲みながら夫婦2人で一緒に食べるデニッシュペストリー。

シンプルだけれど、とても至福な時間でした。

ミケルさん一家のような、のんびりとした飾らないデンマークの暮らしに魅了された私たち。デニッシュペストリーは今でも、夫婦揃ってお楽しみのおやつです。

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